仙台 作並温泉 鷹泉閣 岩松旅館

名湯伝説 鷹の湯 温泉開湯今昔

Since 1796
寛政八年創業

昔むかし、室町時代のこと、ここ作並の地に岩松対馬尉 藤原信寿という人が移り住みました。信寿から数えて11代目にあたる寿隆(字名を喜惣治といった)が、代々岩松家だけに秘されたこの温泉を開き、世の人々に効能を分かちたいと藩に願い出ました。
寛政八年(1796年)仙台藩主 伊達斉村公の時、この願いが叶えられ喜惣治は、古来より深山幽谷の巨木を倒し、蔦を刈り、岩山を割り、道を開きました。さらに谷底に下りる急斜面に七曲り97段(現在は88段)の階段を切り、湯壺を作り終えた時には八年もの歳月が過ぎていたのです。伊達の殿様はその功労を誉めたたえ「鷹乃湯」の名称を授けられたのです。

源頼朝「鷹の湯」温泉伝説

今から八百年ほど前の鎌倉時代、文治五年。

源頼朝が奥州平泉の藤原氏討伐の兵を作並で休ませた時のこと。

頼朝は飛鳥に矢を放ち、それを追って深い渓谷へと降り立ち、ふと見るとそこには湯煙を上げ、こんこんと沸き立つ温泉があり、一羽の鷹が湯壺に全身を浸しておりました。

やがて傷が癒えた鷹は、空へ雄々しく羽ばたいて飛び去りました。

頼朝が自らの体も温泉に沈めたところ、長い軍旅の疲れがたちどころに癒されることを知り兵たちにも使わせたので、軍勢は精気をよみがえらせたと伝えられております。

この故事により当館の屋号「鷹泉閣」の名が生まれたのです。

行基菩薩ゆかりの温泉

養老五年。今から千三百年ほどむかし、奈良時代の高僧 行基が奥州の地を巡湯していた時のこと。渓流の響きと共に聞こえてきた仏法僧の鳴き声に誘われて、深い森の斜面を降り立つと、そこには美しい碧色の泉水をたたえながら湧き立つ白い湯気が。

行基はこれを御仏のお導きと合掌し、その効能と湯浴みの仕方を広く人々に教えました。

これが仙台の「名湯作並温泉」の発見伝説として後々も語り伝えられ今日に至っているのです。